大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

千葉地方裁判所 昭和63年(ワ)999号 判決

原告

山本輝明

右訴訟代理人弁護士

山崎巳義

被告

東京海上火災保険株式会社

右代表者代表取締役

竹田晴夫

右訴訟代理人弁護士

田中登

右訴訟復代理人弁護士

加藤文郎

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金二三万〇四六〇円及びこれに対する昭和六二年九月八日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  訴外山本義雄は、昭和六一年二月一七日、被告との間で、概ね次のような内容の自家用自動車総合保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結した。

(1) 担保種目及び保険金額

車両保険  三三〇万円

対人賠償保険  一億円

対物賠償保険  三〇〇万円

搭乗者傷害保険  一〇〇〇万円

(2) 被保険自動車

登録番号  千葉三三ソ二〇五(原告所有)

(3) 車両保険の填補責任

被告は、自家用自動車総合保険の約款により、衝突・接触・その他偶然な事故によって、被保険自動車に生じた損害を、被保険者(被保険自動車の所有者)に填補する(なお、被保険自動車の所有者は原告である。)。

2  原告は、昭和六二年一月二一日、本件自動車を運転して、千葉市登戸町の交番前にて追突事故(以下「本件事故」という。)を起こした。

3  本件事故により、原告の車両は損傷し、その修理費は二三万〇四六〇円であった。

よって、原告は、被告に対し、本件保険契約に基づき、被保険自動車損傷による車両保険金二三万〇四六〇円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和六二年九月八日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2及び3の事実は知らない。

三  抗弁

本件保険契約に適用される保険約款(自家用自動車総合保険約款、以下単に「約款」という。)第五章「車両条項」第四条によれば、被保険者が「法令に定められた運転資格を持たないで」被保険自動車を運転しているときに生じた損害については被告の責任は免責されるとされている。

ところで、原告は、本件事故当時運転免許が失効して右資格を持たない状態で運転していたのであるから、右条項により被告の填補責任は発生しない。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実中、本件保険契約に適用される保険約款に被告主張のとおりの免責規定が存すること及び原告が本件事故当時被告主張のとおりの無免許状態であったことは認める。ただし、右無免許運転が、当該免責条項に該当するとの点については争う。すなわち、保険会社(被告)が免責される場合とは「危険の発生或いは増加の蓋然性が極めて大きい為、自動車の使用又は運転を禁止しているような重大な法令違反行為で右行為が罰条に該当し、且つ右法条違反行為と事故との間に相当因果関係がある場合」と解すべきであり(最高裁昭和四四年四月二五日判決民集二三・四・八八二、大阪地裁昭和五一年八月二六日判決交通民集九・四・一一六九)、この考え方は本約款車両条項四条の解釈、適用に当たっても考慮されるべきである。そうだとすると、原告の無免許の態様は、運転免許の有効期間経過後六か月以内であれば適性検査だけで運転免許を再取得できるのであり(現に原告は本件事故発生日の翌日に免許証の交付を受けている。)、このことからも明らかなとおり、他の無免許運転と比べ危険性、反社会性ともにその程度は極めて低く、本約款車両条項四条に規定する無免許の場合に該当しないと解すべきである。

第三  証拠〈省略〉

理由

一被告は抗弁として、本件事故は無免許運転者の運転による事故であるから、約款第五章「車両条項」第四条の免責事由に該当する旨主張し、原告はこれを争い、これが本件の最大かつ唯一の争点であるので、まずこの点について判断する。

1  本件保険契約に適用される約款第五章「車両条項」第四条によれば、被保険者が「法令に定められた運転資格を持たないで」、被保険自動車を運転しているときに生じた損害については、保険会社である被告は損害を填補する責に任じないとされていること及び被保険者である原告は、運転免許が失効して運転資格を持たない状態で被保険自動車を運転中に本件事故を起こしたことは当事者間に争いがない。

2  右争いのない事実によれば、原告は道路交通法(以下「道交法」という。)上、運転資格を持たないで運転中本件事故を起こしたものであるところ、右のような無免許の形態が、約款に定めるところの「法令に定められた運転資格を持たないで」という条項に該当するか否かということが問題となる。

自動車の運転免許制度は、専ら道交法に依拠しているのであるから、特段の事情のない限り、約款の前記条項の作成に当たっては、道交法の諸規定を前提に右条項を作成したものと解するのが相当である。そして、契約の当事者も、「法令に定められた運転資格を持たないで」の意義については道交法上の運転資格を有しないという意義に理解して契約を締結するのが通常のように思われる。そうだとすると、本件約款の免責条項の「無免許運転」の意義については、原則として、道交法上の解釈と同一に解釈するのが相当と考える。ただ、道交法上の解釈と同一に解釈することにより、不合理な結果を生ずる場合、すなわち、責任保険制度の趣旨に著しく反し社会的にみても到底許容し難い不当な結果を招来するといった特段の事情が存する場合に限って、前記条項を制限的に解釈するのが相当と考える。原告の主張する最判昭和四四年四月二五日(民集二三・四・八八二)、大阪地判昭和五一年八月二六日(交通民集九・四・一一六九)の法理も、対人賠償保険において、一般被害者の救済という観点から、右にいうところの特段の事情が存すると考え、制限的に解釈したものと考えられる。そこで、本件においても、右のような特段の事情が存在するかどうかという点が問題になる。以下、検討を進めることにする。

約款第五章「車両条項」第四条の免責条項の趣旨は、無免許運転の反社会性とその場合の事故発生が偶然性に欠けることに着目して、保険制度濫用の弊害を除去する趣旨で設けられたと解せられるところ、本件のように運転免許を失効した場合は、運転免許の有効期間経過後であっても、六か月以内に適性検査を受けて合格すれば運転免許を取得することが出来るとされているのであり(道交法九九条二項、同法施行令三七条四項)、確かに、道交法八四条一項に規定されているところの全く運転免許を受けていない者に比べ、反社会性及び事故発生の偶然性の欠如の程度が一般的に低いとはいえよう。

しかし、(一)自動車保険は、車社会の発展に伴い、大量の保険契約と保険事故を画一的に処理する必要上、右のような反社会性及び事故発生の偶然性欠如の場面を類型的に定立せざるを得ず、その結果、その程度の著しいものとそうでないものとが混在する結果となることは、ある程度不可避のことであること、(二)そして、保険加入者は、保険が右(一)のようにある程度類型的であることを承知のうえで加入しているという面を否定し難いこと、(三)また、車社会の発達により国民総免許証取得化という社会情勢のなかで、運転免許を失効したら無免許となり、無免許である以上車を運転してはならず、法を犯してまで運転することは反社会的であるとの国民的コンセンサスが醸成されつつあること、(四)本件と同程度の反社会性及び事故発生の偶然性を有していると思われる事例(運転免許試験に合格したが未だ免許証の交付を受けていない者による運転)においても普通保険約款上の免責事由たる「無免許者による運転」に該当するとされた裁判例があること(東京地判昭和四六・三・二判例時報六二八号、五八頁)、(五)そもそも本件は車両保険であるところ、車両保険は「偶然な事故により自動車に生じた損害を填補すること」に目的があり、対人賠償保険のように一般被害者の救済という点はそれ程考慮する必要がないこと、そういうこともあってか、弁論の全趣旨によれば、旧約款から現行約款に移項するに当たり、対人、対物賠償保険については飲酒、無免許運転を免責条項から削除したが、車両保険については依然として飲酒、無免許運転を免責条項としていること、そしてこのことについて不合理であるとして社会的非難が加えられているとはいえないことが認められること、かえって、自ら飲酒、無免許運転をした者が被保険車両の損害の賠償を請求できるとしたのでは、道路交通秩序の維持にとっても、将又、保険事故招致による免責を定めた商法六四一条の精神に照らし好ましいものではないこと、これら諸々の観点を加味して考えると、車両保険においては、約款の前記免責条項を解釈するに当たって、本件の場合を道交法上におけると別異に解して、「無免許運転」に当たらないと解すべき特段の事情があるとは解し難い。すなわち、本件のケースを、「無免許運転者」に該当しないとして保険支払を認めなければ、責任保険制度の趣旨に著しく反するとまでの事由は見出し難いのであり、結局、本件は前記免責条項に該当するというほかない。

よって、被告の抗弁は理由がある。

二以上によれば、その余の判断をするまでもなく、原告の請求は理由がないということになる。よって、原告の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官難波孝一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例